AV鑑賞を楽しむために知っておきたいAVの理屈!?〜シン・シリーズ第12回「改めてセクシー女優の可愛らしさを語ってみましょう〜本庄鈴編」

プロローグ〜本庄鈴ちゃんの真骨頂とは「相手に寄り添う感」の強さだと思うんです!

数多いるセクシー女優たち。誰もが個性を確立させたいといろいろと奮闘しております。ルックスからくるイメージと違う性格だとしても、ルックスを重要視してイメージを追求するタイプ。自分で作り出したイメージにこだわり続けるタイプ。メーカーや事務所が設定したイメージを守り続けるタイプ。そこから脱却して雰囲気を一変させるタイプなんていうのもいますね。

 

基本的にはセクシー女優は、やはりイメージビジネスですから、見た目の雰囲気と性格が一致していて欲しいと思われるわけです。アイドルも、タレントになると急に性格変わったりするし、イメージ戦略がいかに重要だし、自分に与えられているポジションもまた重要なのです。

 

セクシー女優にとって必要とするイメージは何でしょうか? 痴女っぽいとかSEXに貪欲とかSEXが上手とかでしょうか。痴女っぽいは、巷でよく言われるようになったルッキズムの典型ですね(笑)。でもAVって基本的にイメージ戦略の塊ですし、内容に関しても「AVだからこそ、今はテレビではできないハラスメント」なんかを表現しているわけですから、そこを突っ込むのはお門違いなのですがね。

 

SEXについても難しいところです。セクシー女優=SEXのプロではない。そういうプレイを見せるものとしてのプロであるならば、一般女優と同じなのですが、実際の部分がどうなのかを求められてしまう。しかしそこにアイドルとしての活動があったりするので、「彼氏はいないけれどワンナイトは大好き」とは言えないのです。まぁ検査が恒常化しているので、そんなことするとセクシー女優としては使われなくなってしまうのは、リアルな最近の事情です。

 

なので、人よりもSEXしていると考えがちですが、むしろ素人さんのほうが、カレカノになった時に、動物のごとき発情っぷりでハメまくる。その方が、実際の話、上手になります。100人とするよりもひとりと100回するほうが絶対に上手になる。探求というのはそういうものです。

 

実地として試すというならば、100人だろうが1,000人だろうが斬りまくればいいけど(笑)。

そして貪欲かどうかは……本人の真相なんて本人しかわかりませんから難しいのですが、「どういう感じで映るのがエロいのか」とかを研究したり、制作サイドに言われたプレイ中の仕草をちゃんと守る人は、ちゃんと人気がアップしていましたね。

 

引退されたY.Aさんは、インタビューすると、「はい。見え方は気にしています」と言っていました。彼女がやっていて、今だとノーマルになったのが、正常位でハメている最中に、股間の出し入れをしている先に顔が見えるというプレイです。

 

卑猥な部分と美女が乱れる表情を、同時に見ることで、興奮がどんどんとアップしていくのが男性心理なのです。そういう事実を知ると、NTRでのプレイって、表情とか仕草がとても重要なのがわかりますね。男性のセリフが耳障りだと言われるレビュワーさんいますけれど、言葉でも責められ、本人もちゃんと応えると興奮度が増すのです。

 

セクシー女優さんは、ただただ喘いでいれば良いのではなかったということです。

今回の原稿の主人公の本庄鈴ちゃん。清楚っぽさもあるけれどどこか妖艶な雰囲気も持っています。インタビューを経験した身からすると、おしゃべりでもないけれど、演技となると饒舌にちゃんとなれるののでともてセクシー女優として優秀な女性です。

 

今の時代、セリフをどのように言うのかがとても重要です。AVは映画やドラマなどのように、ガッツリとセリフが確定しているわけではありません。途中アドリブで変更したとしてもOKだし、覚えることよりもシーンをちゃんとこなすことを求められているのです。

 

でもデビュー作なら許せるけれど、SEX始まると何も語らずただ喘ぐでは、感情移入ができません。え? 女優側に感情移入とはとなった方は多いでしょう。AVとは男優側の意識よりも女優側の意識で観る人が意外と多いのです。ヤル自分とヤラれる自分が同居しているんでしょうね。

 

だいぶ昔の映画ですが、「羊たちの沈黙」という洋画の中で、犯人であるバッファロー・ビルが、鏡を見ながら、「自分で自分を犯すぜ」と言います。犯罪者にならないとしてもこういう意識がある場合は多い。オナニーってただ気持ちいいのではなくて、そういった意識下の動きに反応して、興奮を高めるのです。

 

なのでセリフがちゃんとしていたり、快楽に飲まれているのが伝わるようなプレイになっていないと、「観ていて興奮しないAV」なんてことになるわけです。エロいって難しいです。

 

翻って、我らが本庄鈴ちゃんは、そういうのめり込みと冷静さがちゃんと出し入れができているので、観れば観るほどに興奮が高まるのです。そんな鈴ちゃんの考察をしていきましょう!

本庄鈴が凄くマッチングしているのは性欲が高めなキャラクターなのです!?

鈴ちゃんは、日刊SODに記載していますが、ライブ活動を定期的に行なっています。歌手としての表現力は素晴らしい限りです。楽曲の中にいる主人公は、作詞のワードだけでなくメロディにも反映されています。なので「表現する」ことが大事なわけです。

 

ライブでの鈴ちゃんの活躍はこちらの記事をご覧ください。

セクシー女優が与えてくれた感動のライブ!「ミルジェネ「Sweet Memories 2023」が9月12、13日東京・新宿ReNYで開催!精鋭ライブからAMATSUKA&小湊よつ葉&本庄鈴をピックアップ‼︎

鈴ちゃんのライブパフォーマンスは、あらゆる感動で彩られミルクレープのような味わい〜配信ライブ「月で逢いましょう#72〜本庄鈴」にみんなが癒されました!

 

ただただ歌っていればOKな時代ではなくなっているセクシー女優のライブ活動。むしろちゃんとした表現力を提示して、ちゃんとした表現力を持った歌手でないと、一部のファンだけが観にくるイベントになってしまいます。

 

鈴ちゃんは、表現力をどんどんと上昇させていきました。AVの中の彼女も同じように、作品を重ねるごとに、魅力的で蠱惑的な存在感を発揮するのです。

「義弟の肉欲に理性が狂う、仕事中、夫のいない合間に欲求に逆らえず隙間不倫 SEX をしてしまうパーソナルジム勤務の淫乱人妻 本庄鈴」

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欲求不満に理性を失してしまった人妻が、義弟との不倫関係を作っていくこの作品は、自分で誘惑していくパターンですね。当初から鈴ちゃんは、美形な顔なので痴女側になることが多かった感じなのですが、前述のように性格的にはおとなしい人。本質とのズレがあり悩んだことも多かったかもしれません。

 

今作を観てくれればわかりますが、積極性の出し方がまぁ卑猥! ただキスをするだけでなく、自分の体を密着させつつプレイの主導権を握っていきます。だからといって騎乗位で責める痴女プレイではなくて、挿入を受ける正常位がメイン。これこそ本庄鈴の真骨頂です。

 

どういうことなのかを説明しますと、SEXはどちらかが上になれば優位というわけではない。挿入させるために誘惑をするわけですが、それを男性側が望んでいるほどに、「自分にのぼせてしまう」ように仕向けるのが女性としてのリアルでしょう。

 

もちろん痴女的プレイを否定しているわけではありません。鈴ちゃん、スタイルが良いので上になった時の誘惑は超強めですから。相手にのしかかる女性よりも、相手にSEXをさせたいと仕向けるほうがずっと悪女ということ。

 

そう! 鈴ちゃん悪女が似合うんです! 優しそうで実は誘惑しているというプレイですね。今作でも丁寧な舐め上げる観るからに気持ちよさそうなフェラを披露し、男は夢中になっていきます。自分からもオナニー見せつけたり、キスしたりともう義弟は誘惑にどっぷりと浸かっていきます。

さらに鈴ちゃんのプレイがいいのは、足をかなり広く開きます。股関節が柔らかいのはセクシー女優にとってはとても重要です。さらに足が長いと、見せるプレイのバリエーションが広がります。

 

挿入されているとこをを、ちゃんと覗き込むのも良いですよね。彼女がSEXによっておかしくなっていることを示唆してくれます。

ただただ男は、彼女の術中に堕ちてしまうのですが、彼女よりも男のほうが好きの度合いが高くなる感じ。鈴ちゃんにズボズボして汚すことで興奮が高くなるって感じでしょうか。綺麗なものが汚れていく瞬間を、見事に見せることで、男は鈴ちゃん演じる女性から逃げられなくなってしまうのです。

この優しさはどんな理由があるのだろうかと興奮しつつも考えさせてくれます!?

AV作中のプレイだとしても、「これってスゲエな……」と思うようなプレイってありますよね。実際の話だったら無理だし、演出だとしてもしんどいと思うようなプレイ。このゴミ屋敷シリーズがそれです。

 

潔癖症な人だと、いくら演劇的な舞台だとしても嫌になるような気がする。

「引きこもり訪問支援 ゴミ屋敷に放置された大量のシコティッシュに見かねて内緒でチンカス塗れのチンチンを笑顔で性サポートしてくれる優しいお手伝いさん 本庄鈴」

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ゴミ屋敷の中で、優しさ全開で接してくれるのが、お手伝いさんになっている本庄鈴ちゃんなのですが、本当にやってくれそうと思うような雰囲気があるのがポイントですね、彼女の場合。

 

つまりリアリティが出てくるということ。AVは本来ドラマなわけですからリアリティがなくても成立します。しかしながら、映画もドラマも同じなのですが、「本当にやっていなくてもやっているがごときリアリズム」というのが重要なのです。

 

AVはヤッてるわけですが、それだってただ凹凸の出し入れだったら、ちゃんと観てくれる人なんていませんから。しかしながらリアリティさえあれば、AVは必ず人を引きつけます。

 

まずは健気な鈴ちゃんの姿を堪能しましょう。そしてゴミ屋敷のおじさんの卑猥な視点と同じ部分を凝視しましょう。卑猥な格好をしていないにも関わらず、なぜかエロい。まあスタッフも計算してこの格好をさせているわけですが、そこに見事にハマってくれていますね。

オナニーに使われたティッシュが散乱する部屋で、自分を見て勃起してしまった男にちゃんとケアするのですが、痴女っぽいイメージあるシーンですが、むしろ天使に見える。これこそ鈴ちゃんですね。そしてSEXに及び、中出しされちゃいます。この際ののしかかるようなバックと、華奢な鈴ちゃんのボディの相乗効果で、和姦なのに陵辱的に見えてきます。

人間の深層心理を刺激するようなプレイというのが、2024年以降のAVにはとても重要です。なぜならば規制してもタケノコのように出てくる、素人たちの撮りっぱなしハメ撮りなどの非合法な同人AVに勝たないといけないからです。

 

AVは勝負ごとでもないし、業界としては風俗とも違うので、現存するAVメーカーによって構築されています。そこがあるからこそ、AV新法を改正するような動きが出せるのですが、それに反するような作品があるからこそ、規制対象が大きくなってしまっているのが現状です。

 

じゃあどうすれば良いかというと、ハートと脳内を刺激するプレイ映像を作り出すことだと思います。台所でハメるシーンに導いていくために流れを作り出すのが重要だし、男性が立ち直っていき、最初と違うプレイになっていくことのリアル感がなければダメなのです。

 

それをつなぐのは、映像のマジックではなくて、やはりセクシー女優と男優の力だと思います。「編集が上手につないでくれるから面白くなっているんですよ」と答えるバラエティタレントは、自分がどのようになってもちゃんと面白くなることをしているからこその発言です。それを同じなのです。

 

こういうタイプの作品が好きか嫌いかで語れるのは、視聴するユーザーだけに許されていること。AVサイドにはありません。そして本庄鈴ちゃんが、このような作品の世界観を理解しているからこそ、なぜかSEXを受け入れて汚い(っぽい)ち●こを舐めさせられ、イラマチオされても抵抗しないのです。

それだって、ただただSEXが好きで、ち●こが大好きな卑猥すぎる女を、鈴ちゃんが理解し演じているからこそ成立しているのです。エロいことをしているからエロくなるなんていうのは、AVのようにビジネスとして連続性を持って制作していくと袋小路にハマりがち。だからこそ、毎回の作品を理解しないといけないわけです。

 

ダメな男を優しくコントロールして、徐々に男としての自信を回復させていくのが今作ですが、途中途中で見せてくれる、隙だらけな鈴ちゃんの姿を見せられているうちに、男がなぜ復活できるのかを理解していき、最後のプレイにつながるわけです。

エピローグ〜優しさに包まれたければ、本庄鈴に夢中になってください

作中の鈴ちゃんは、役柄がいろいろと変われども、本質的な優しさは変わっていないと思います。それが彼女のAVのキモなのです。

 

AVユーザーは、プレイはもちろん、ルックスなどの好みを中心に購入します。なので、作品にはポイントをタグ付けしますし、登場するセクシー女優が、どういうタイプなのかをちゃんとタグ付けしますね。

 

音楽とかの場合、「こっちを向け!」的な発想が存在しています。つまりどこまでいってもユーザー本位にはしないぞという気概ですね。それは、J-POPでもK-POPでも、洋楽ロックでも邦楽ロックでも、アイドルでも存在しています。もちろん傾向としての流行(イントロは短くするなど)はありますから、そこまでは逆らわないでしょう。でも、「私たちが提示するものはこれ」って感じはあります。むしろ無いと売れませんね。

 

これがAVとなると意外と難しい。つまり人はオナニーをして高まるためにAVを購入するわけで、イデオロギーを楽しむわけではないのです。音楽とは違い、むしろ貶められた女性を楽しむ傾向が昔からあります。反動としての痴女作品はあれど、AVとしては内包するものは同じです。

 

ユーザー本位であるからこそ、イデオロギーを入れずらいからこそ、必要な要素を考えないと、ただただ媚びるものになってしまう。いろいろありますが、本庄鈴ちゃんの作品に流れているのは、「優しさ」だと思います。

鈴ちゃんの作品、というか鈴ちゃんが演じているAV内の女の子は、誘惑されがちです。というか誘惑されない女性はAVには出ないけれど(笑)。その誘惑のされ方が、彼女の場合、相手への優しさという感じなのです。

 

フェラは丁寧なのは前述しましたけれど、クンニされる際にも、目を閉じて感じている姿が超卑猥です。感じることを解放しているような表情をします。笑顔の中に快楽に夢中になっている感じ。口角が上がっているような表情を見せることで、そういう状況作りに成功しているわけです。

 

クンニシーンというのは、男性は舐める側なわけですから、どうすれば気持ちいいのかが100%わかるわけではありません。ましてやAVとなると、どういう音をさせたほうがエロく感じてもらえるかなどの要素が含まれているわけです。

 

そうなるとフレーム内にある顔はとても重要です。嬉しくてたまらない的な表情をちゃんと見せるわけです。これは劇中の男性にも向けているのかなと思いますね。男優だって人間ですから本当に気持ちいいと思ってもらえると嬉しいわけです。普通にSEXをしている時と同じような心理が働くのです。

 

そんな状況で、「あ、これは演技だな」と思うと、舐める側も音ほどに熱意がなくなる下方性があります。AVとして一番マイナスである、「ヤッているプレイはやたらと派手なんだけれど、妙に興奮してこない」というパターンです。

 

むしろこの真逆にならないといけないわけです。そういう心理にもっていっているように見える本庄鈴ちゃんって、素晴らしい限りですよね。観ているユーザーにも現場にも優しさを醸し出しているのです。

本庄鈴ちゃんのような綺麗系美女は、AVとしては痴女っぽい方向性にいくことが多いです。自己コントロールができているので、歴代のお姉様たちもそんな感じで、AV内の方向性をスイッチしていきました。

 

ときは2024年。そろそろワンパターンの輪廻から解放されても良い頃合いです。セクシー女優は、ルッキズムからの解放を求めているんじゃ無いかと思います。なので麻雅庵としては、このまま、男がどれほどに変態だとしても変態に合わせるようなプレイを見せてくれる鈴ちゃんのプレイが一番素晴らしいし好きです。

 

もっともっと、襲われて悶える本庄鈴が観たいと思う人は多いことでしょう。好きになればなるほど、彼女の優しさを理解するようになります。そして作中に散りばめられているプレイの意味に気が付くことでしょう。

 

歌っているときの鈴ちゃんの表情は、感情過多になることなく、楽曲であるということで、詞の世界観だけでなくメロディが持っているムードもちゃんと重要視して歌っています。なので、ボリュームの整い方が最高です。本当に耳に優しいのです。

 

それと同じような効果はAV中にも溢れています。作品の理解と作中に展開したプレイへの理解、それがあればこそ、AVというのはちゃんと作品として成立しているのです。

本庄鈴が見せてくれる優しい世界。それは観ている人を幸せなエクスタシーへと導いてくれる彼女が持っているエネルギーです。まずはデータなどを確認せずに鈴ちゃんのAVを観てください。絶対にハッピーな射精……女子だったら絶頂、を必ず迎えることができるはず。

 

本庄鈴は、優しさに包んでくれるセクシー女優です。

「ずっと布団の中…密着ねっとりピストンでドクドク中出しが止まらない 本庄鈴」

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記事=麻雅庵