太田みぎわ監督の『AV』を見せると「隠れ責め変態男女」が丸わかりになる!

マニアだからこそ普通の人々を巻き込むのがAVらしいエネルギー

「AVを観る」ですが、エロを理解している系女子を公言している人たちからは「普通でしょ」と言われますね。男子たるや、オナニーのおかずにAVを観て、シコシコすることは、誰だってやっていると。

 

オナニー自体は行為としてやっているかもしれませんが、そのために絶対AVを使うというのは甚だ疑問です。

 

しかしながら!

 

マニアでなくとも琴線に触れる作品が出現するのがアダルトビデオがカルチャーとして維持し、いろいろ言われつつもビジネスとして成立してきたと言えるのではないでしょうか。

 

そんな風潮だからこそ、スルスルっと飛び出した存在が、太田みぎわ監督です。

『これマジ!?女体に【憑依】できる男は実在した!』(SDDE-487/2017年4月作品)

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AVもアイドルも、その人の隠れた変態性を引きずり出す代物

AVの中のAV女優たちは、男子のみならず、女子にまでエロショックを与えてくれるキャラクターです。元芸能人もレベルや活躍していた場所が拡がり、予想だにしないところからAVデビューする人が登場しブレイクさせてきました。ただAV女優は、業界全体をになう存在というよりも、個別人気を競うビジネスですから、他の女優のリリースまでアップさせるわけではないのです。

 

かといって、同じ手法を使っても同じようには売れないのと同じこと。女優依存という意味では、AVはアイドルよりもより依存度が高いのが現実なのです。

 

だからこそ「作品個性」が炸裂し、マニア垂涎、普通の人をエロ世界に誘う作品が出ると、女優パワーの利用どころか、その女優を、上のステージにアップさせてしまう作品が1番、AVとしては嬉しいだろうし正しいと考えた場合、AV業界外のピンク映画には多いのですが、AVにはとても少ないです。

 

最大の理由は、作品における「監督性の喪失」です。AV女優を注目することはあれど、監督で作品購入する人は、相当なマニアということになっています。映画とは真逆でしょう……ある種の映画に関しては、洋邦問わずにありますけどね。

 

テーマが違っていても、何か得体のしれない変態性がパッケージから漂う。思わず手にしてしまって購入していたら同じ監督だった。こんな状況になったのが太田監督作品でした。

『侵食憑依 手、胴体、足、脳、体全て。男が少女の体に徐々に【憑依】乗り移っていく監禁記録。』(SDDE-554/2018年10月作品)

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太田みぎわ監督作品に触れて、隠れた責め変態性を漏らしてしまう

①おぐゆなの破廉恥っぷり

太田監督の得意な「憑依もの」というAVは、そこまで突飛ではありません。女子が人格を変えてしまう状況を作り出すために、いろいろ考えられてきました。「とにかくエロい!」を探求するAVの場合、あらゆる手法や設定を駆使して、日常にあり得なそうだけど、日常に隠れている「変態」を引っ張り出す。これこそAV!リアリティー作だって、実は「その女の子の秘めたる性欲の解放」だったりしますから、内容は違えども近似値にいると思います。

 

11月リリースされた『憑依バカッター 小倉由菜 エロバカ行為怒涛の20連発 大大大炎上SP』は、憑依されて、自分を使った見事なまでにエロバカになってしまう女の子をおぐゆなが演じているのですが、この作品を使って、エロさの理由を解説してみましょう。

『憑依バカッター 小倉由菜 エロバカ行為怒涛の20連発 大大大炎上SP』(STARS-147/2019年11月作品)

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まずSODさんよくぞ決定しましたと思ったのが、今作におけるおぐゆなの吹っ切ったエロ姿でしょう。彼女、見た目に関してとてもエロい。なんかチャラそうな感じもするエロさを持っているわけです。ここで最近のAV女優の存在として重要な要素が、彼女の個性を微妙にシャットダウンしていました。

つまり「アイドルである」というところ。ファンにとってみれば、エロくて可愛い理想的なAVアイドルなのですが、ファンの視点がなくなったところで見ると、かなりハードなプレイをしているし、精神的にくる系の作品も多いのですが「アイドルでしょ?」というこれまた微妙な足枷になっていたようです。

 

アイドルユニットメンバーのなかに、下ネタが平気で、バカなことをやるのが平気なタイプがいたとします。コアなファンにはバカうけしますが、ファンからはアンチが付きがちです。つまり「望んでいる偶像」になっていないということでしょう。これがAVにおけるおぐゆなに当てはまってしまっていたようです。

こういうアイドル的な部分をガッチリ崩壊させてくれたのが『憑依バカッター 小倉由菜〜』です。人を舐めたようなエロポーズ、SEXされているのにヘラヘラしている顔。裸でチャリに乗って騒ぐなんて、AVであってもやりたくなかったかもしれませんけど(笑)、見事な下品っぷりです。

 

笑顔とエロと可愛さが同居する小倉由菜という貴重なAV女優のポテンシャルを引き上げ、おぐゆなのなかにある変態性をアップさせることに成功しています。

 

みずからを晒すことで、自分を責めることを楽しむ変態なのかどうかは、AV女優である限りわかりづらいですが、変態である姿を楽しむことはAV女優には重要ですから。

 

そして見ている側にも、それを喜び興奮する変態性を自覚させることに成功しています。

②おとなしい系女優に卑猥さを開花させる

AV女優はおとなしいから全面的にモテるというか大人気というわけにはまいりません。容姿と声とスタイルと、ギャップが重なれば重なるほど、AV女優は成功します。元芸能人というのは、大きなギャップをデビュー時に所有しているし、デビュー作が売れるのは「ついこの前までごく普通の女の子だった」というギャップです。

 

作品世界が構築する内容にビビットな反応をした結果、演技も艶技もが開花することがあるのがAV女優。単体女優のなかには、デビューの頃よりも、その後、人気を博す子がいるのはこれが理由です。

 

どうしても人間ですから、AV女優を大切に扱います。問題なのは、それがすべてにおいてプラスに反応するかどうかがわからないことです。理解できないような変態世界に没入させることで、自分自身のなかに潜む、自分を責めることと、相手を責めることが歪んで共存する変態性を無意識に開花させるのが、太田監督作品には溢れかえっています。

 

突飛すぎる内容やテーマ。理解しようとするのか、思わず笑ってしまいそうになるのかは、現場の雰囲気よりは女子自身に委ねられる話ですが、根が真面目な女子ほど、応えようとする結果、妙なテンションの妙な感じ。パブロフの犬のように、知らない間によだれが垂れて止まらない感じにしてしまう。

 

憑依作を撮っている太田監督は、自身を本当に女優に憑依させているのかもしれません。

③観た人を論争に巻き込み、無意識に変態性を暴露させてしまう隙だらけの姿勢

AV女優へ良い影響を与えまくりな太田監督作品ですが、見る側、AVを月に一度買うか買わないか的な人からすると、即買いするか引いてしまうか、極端でしょうね。本来のAVは、パッケージを観て、自分の好むタイプを選ぶわけです。

 

その昔、レンタルAV全盛時に「同じAVを二度借りてしまう法則」なんてのがありましたね(笑)
※借りた事実を忘れてしまい、パッケージの好みで借りてしまうこと。しかも抜くシーンも同じで、射精の瞬間に思い出すという、好みのループからは逃れられないという法則。

 

「憑依」と書いてあってまず手が出る人は、変態的AVは大好物なはずです。手が出ないけど記憶に残ってしまっている人、これが隠れ変態の片鱗がAVによって炙り出されている状態となります。

 

買わないであろう人に、見せてみると……これが見事なまでに隠れた責め変態性を丸出しにしちゃうのです。特にわかりやすいのが女子。「笑い」に撮ってしまう人は女子に多いです。「ホラー」なイメージで怖がるなんて女子もいました。これ、実はどちらも作品にどハマりしちゃっているパターンでして(笑)、どちらもこっそりその後にひとりで観たというご報告をいただきました。興奮しちゃってヤバかったそうな(笑)

 

このような反応をする人がいるわけですから「こういう演出系は苦手だ」と言っている人に見せるのは本当に面白いです。その人がAVをどのように捉えているかもわかるわけです。

 

そして「憑依系」作品を好むタイプは、違法ダウンロードにいかない人が多い。AVに対して忠実であり理解している。だからこの手の内容に素直であるということでしょう。

 

「最大の理由は、世の中に代替えする内容がない」です。AVのみならず、グラビアだろうが映画だろうが、なかなか存在しない。内容としてはありますけど、別ジャンルだったりする。特撮で洗脳されちゃっているヒーローが味方と戦うとかしかないかも?

 

ちなみに私は、仮面ライダーにおける上記のシーンで幼稚園ぐらいのときにドキドキしてましたから、AVライターになるべくしてなったのかもしれません(笑)

 

まとめ〜エロを観念的に考えすぎるAVユーザーと一般人のギャップ

AVを買う観る=法的に悪しき行為の10代ならばまだしも、大人になると普通に選択できるので、趣味だったり女子のタイプで決定されます。購入なのかまたは犯罪行為の片棒を担ぐ違法配信を観るのかは、人々のモラルに依存します。

 

AVとは刺激的であり、日常に入り込む非日常です。人々を誘惑し購入してもらうわけです。この論理はAVに限りません。アイドルのCD購入握手会だって同じです。でもどれだけ言われようとも、その人の持つ限られた時間の中で「夢中になる」ものがあるのは、いろいろな窮屈さを感じる時代であろうとも、一服の清涼剤だし、刺激があればあるほど実用性が高いのが事実です。

 

「○○は〜でなければならない」的な観念性は、マニア濃度が高くなればなるほど、むしろ柔軟性を失して固定化する場合があります。AVには意外にも、その傾向が高いです。とある作品のユーザーレビューに「パクリだ」とか「女優がブス」とか「ぶっかけで精子から顔を避けている」など、あらゆる角度とそれぞれの視点から語られます。

 

どんな意見だって、その人の立脚点からの視点で見れば正しいのでしょうけど、ただ、それを観てわかるのは、作り手と視聴するほど熱心なユーザーがどうにもリンクしていないように見えてきます。観念性を論じることになると、作品を理解したり女優を理解していると何とかなりますが、一般人から観たら不毛の極地に見えるかもしれません。

 

最近のAVでは、女優として認識されていようといまいと素人にして、シンプルな絡みで構成する作品が、サブスク(定額ストリーミング配信)を中心に増えていて、人気があります。「素人娘が、ホイホイとカメラについていきSEXして感じた姿を見せちゃう」という、ナンパ的イメージは、若い人を中心にリアルを感じさせてくれるからでしょう。

 

個人個人の強すぎるこだわりやエロイデオロギーを入れなくても成立するし、シチュエーションもわかりやすくて、作りやすく売れるという優等生です。

 

AVユーザーと呼ばれる人から見ると「○○ちゃんなのに素人やっているのでゲンナリ」とか「あんなぬるい作品はダメ」とか「どれを観ても同じ内容」とか、何かと揶揄されがちですが、着実な客層を持っているわけです。

 

今回テーマとした、太田みぎわ監督の作品は立ち位置として上記の作品の対極に位置していると思います。

 

監督が展開する妙な視点、妙なテーマは、非日常ですがSNSなどを考えると、意外と超日常に転がっている風景のような気もします。むしろスムーズなナンパのほうが非日常だったりすることもありませんか?人によってはSFというくらいに(笑)

 

「こうじゃなくちゃ嫌だ!」という観念的な意見は、ファン側だからこそ陥りがちな話です。愛するがゆえにというパターンです。なのでそこと戦ってもオチがないのですが、バトルしてしまう人たちもいたりして、それはそれで楽しいのですが、AVを観ていない人からすれば、読みもしない無駄の累積です。

 

太田みぎわ監督の作品を、どうにかこうにか観てもらうと、本当にリアクションが面白いです。それぞれの表現はありますが、「変態であること」を無意識に教えてくれてしまうフックの大きさがあるので周囲の人たちにどのような理由でも良いので、観てもらうと、無意識の好みとか、その人が隠そうとしているエロとかを見事に露呈させてくれます。

 

年末年始といわず、太田監督の作品で人の心に潜む、エロいところを探ってみてはいかがですか。憑依とは他人を使った自分の露呈ですから。もちろん不用意に人の深淵を弄ってどうなるかは保障しませんけどね。ヒヒヒ(笑)


◆太田みぎわ監督最新作

『がいがぁかうんたぁ実写版 クジラックス作 同人誌界を震撼させた伝説のロ○漫画』(SDDE-608/2020年1月9日発売)

伝説のロ○漫画、待望の実写化。女の子のいつもと変わらぬ、放課後…帰宅しているとチャイムが鳴る。インターホンには、○○検査員の男が立っていた!超リアルなタッチで描かれる完全アウト白昼夢。少女の日常が犯●れる。その一部始終を見届けよ。

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