AV界の巨匠・豊田薫監督が自主規制という水を得て、女体を切り口に構成されたフェチ作品の1つが今回紹介する『恥骨フェチ2 沢口みき』だ。
フェチ作品と言っても一部の超マニア向けの作りではなく、出演女優には天然Jカップで人気の沢口みきを起用し、内容もドラマ仕立てで、これまで恥骨にフェティシズムを感じていなかった層でも受け入れられるものに仕上がっていた。
それゆえにライトユーザーからも絶大な指示を得て、2万本もの売り上げを記録した。
2万本のヒットを記録したマニア物!
今でこそ女の子だって「わたし、筋肉フェチだから〜」と気軽にフェチという単語を口にしているが、当時はカラダのパーツやモノなどに性的興奮をおぼえるマニア用語だった。
というか、そもそもフェチという概念を日本の若者に自覚させたのは、豊田薫監督によるところが大きいのではないだろうか。
前作『完全露出 恥骨フェチ』が発売1年あまりで4万本という超大ヒットを記録。
第2弾である本作も2万本の売り上げを叩き出した。
恥骨というこれまではモザイクに隠れていて見えなかった部分にスポットを当て、ギリギリのところを攻めるカメラワークは、アダルトビデオにおける映像表現の限界に挑んできた豊田監督だからこそできた作品なのだ。
フェティシズムの本来の意味は、ものに対して神聖さや呪力などを見いだして崇めるという信仰、崇拝のあり方を表す用語なのですが…日本においては「○○萌え」のように「〇〇フェチ」として、偏執的ではないが、特殊なこだわりを持つニュアンスで使用されることが多い。日常会話で使ってもドン引きされないほどにまで市民権を得たが、本物のフェティシズムを追求するマニアにしてみればフェチが軽くなった気がして、寂しいのではないだろうか。
独特の映像美で今もエロスを追求し続ける孤高の天才
例えば映画など別の業界からやってきた監督は「AV業界にはこんな画が撮れるヤツはいないだろう?」と、独りよがりな芸術風なAVを撮りたがる。
豊田監督は、そういった監督らと混同されがちだが、まったく違う。
根底にはエロがあるのだ。
それも、オマ○コが見たいというド直球の願望だったりする。
大人になると、カッコつけて素直に口に出せなかったりするが、結局男はいくつになっても可愛い女の子のオマ○コが見たいだけなのだ。
豊田作品には、下衆なコトをしながらも、ある一定の上品さが絶妙なバランスで維持されている。
裸になることが生業の女の子たちの中には、何の抵抗もなくカメラの前で膣の中まで晒す者もいるが、豊田演出にかかると、今までの作品では見せたことのないような恥じらいを出すようになる。
これは職人技を匂わせないまさにプロの技なのである。
見るものを圧倒する力。それが豊田監督の柱
かつて豊田監督の現場に足を運んだことがある。
そこで驚いたのが入念なリハーサル(カメラテスト)が繰り返されていたことだ。
AVといえど、映像作品を作るのだからリハくらい当たり前と思うかもしれないが、カメラマン任せで一発撮りする監督も少なくない。
豊田監督は、どの角度から撮ればもっともカメラ映えするのか、モニターとにらめっこしながら何度も調整していた。
作品を見ると即興で撮ったようなノリなのに、実は計算し尽くされたものだったのだと、そのとき気づかされた。
また、女優がイッた回数を台本にメモをしたり、男優に対しても体位の指示を出していて、フィニッシュまでの流れが監督の頭の中にきちんと描けていることを知った。
そこまで計算していても、現場では思わぬハプニングが起きたりするが、それにも柔軟に対応し、1つ作品としてきちっと仕上げる監督の力量は、他を圧倒していた。
本作の後、インディーズAVに本格的に参戦し、個人レーベル「リア王」を立ち上げ、オペラ、Zへと活動の場を移していく。
女優でもシリーズ企画でもなく、監督にファンが付き、監督の名前で作品が売れる数少ない存在だ。